夫婦になって丸10年が経とうとしとる。山ごもり研修でみんなで一緒に風呂にはいった仲間のうちの一人が夫。

根っこから繋がってる感じがしてて、夫には何でも言える。甘えられる。

出会った頃、私は、上場企業の人材開発と全店120店舗のカスタマーセンターを一人でやりながら、子会社役員をしとった30歳。

正直かなり心の負担が大きくて、研修の後、体調不良をきっかけに、どうしても会社な行けなくなった。心底甘えられる存在にどれだけ助けられたか。

結婚して、子どもがうまれて、次第に、「男女の仲」じゃのうて、子育ての同志、父と母、夫と妻、の役割が強くなった。

今から3年前くらいかな?2018年くらい?

男女の仲じゃあなくなってきたことに寂しさを覚えたころ、夫と話してた。

「夫婦じゃろうと、他の人と恋愛してもいいよね。」と私から話し出したかな?

夫の考えとかは夫のプライベートなことじゃけん詳しく書けんけど、

「お互い誰かに恋に落ちるのは仕方ないよねー。人間だもの。」って夫も。

私も同意。

結婚したら、その人を一生愛さんといけん。とか、

結婚したら、夫婦仲良くせんといけん、とか、

結婚したら、一緒に住まんといけん、とか、

「結婚したら」の枕詞のあとに、色々、世間の常識的やら、倫理観やら、まとわりついつくるよね。

そんなんイヤじゃけん、わたしから夫に、「離婚しよーかー?」と、提案したこともある。

まぁ、結婚しても結婚してなくても、お互い、世間の常識や倫理観に囚われなきゃいいわなーとなり、婚姻は破棄してない。

【別居して、週3回家族みんなで過ごして、週2回ずつどっちかが一人になってどっちかが子どもたちと過ごす。】

そんな生活が、2年前くらいから、私の理想なんじゃけど、(私が一人になる時間が大事な人)

夫が深夜まで仕事があるのと、私が家事が苦手でADHD傾向で、2拠点あると混乱するのが目に見えるけん、やめとる。

ホテルに一人で泊まるほうが、わたしには合っとる。誰かが綺麗に掃除してくれてて、パリッとしたシーツで寝れるんじゃもん。

誰かにやってもらえるなんて、嬉しさが沁みる〜。

なので、たまに、家出したいときに家出をする(笑)

何より、夫は、毎日みんな一緒に暮らしたいと。家族といる家が大好きで、それが滲み出とるけん、パートナーの幸せを尊重したい。

話題を、恋してOKに戻すと、

そりゃ人間じゃけん、頭で考えるより先に、好きになることもあるじゃろう。いけん、いけん思うとったら余計にしたくなる(笑)

「恋に許可を得んといけんのも変?じゃけど、世間の常識上におくと、恋してもOKって表現になるなー。でも、お互いバレんようにしよう。」

「じゃって、お互い好きじゃもんね。」

なんて、一見矛盾しとるけど、

夫婦という一種の超固定化された一般常識のある関係性に、スペースが空いてゆるむ。

夫も妻も、父も母という役割じゃなくて、一人の人としてのスペースも空いた感じ。

逆説的じゃけど、そんなこんなも本音を話せて、恋してもOKじゃけん、ますます夫を好きになる。

結婚しとっても、してなくても、どっちでも良い。そんな感じ。今は、そんな関係が心地いい。私は。

まぁ、私視点じゃけん、夫の気持ちや捉え方は違うじゃろう。色々ここには書けんこともある(笑)色々省略しとる。

私は、寂しさやら、葛藤やら、夫婦の求めるもんが合わん切なさみたいなもん、そりゃあるよー。夫も、きっと、思うこと、そりゃあるよー。

でも、その度、私は夫に素直に話しできるし、その度、根底で繋がっとるっていう根拠のない深い繋がり感が、何事も吸収していく。

夫婦って定義は世間に定義化してもらうもんじゃなくて、その定義の枠に何も疑問もたんと従うもんでもなく、夫婦それぞれでいいと思うとる。

それでいて、役割の中でも、自由を感じれるようになったら、本当の自由な生き方なんかもしれんなーと思う2021年年末です♪

子年と午年の私たち夫婦