村上ショーゴくんの「魂のコンサルティングセラピー」の継続6回中4回目。

これまでのセッション記録はコチラ↓
▼初回 3回シリーズ
https://naoko5.com/archives/567
https://naoko5.com/archives/577
https://naoko5.com/archives/587

2回目のは明らかに個人名がわかっちゃうからパスして、

▼3回目
https://naoko5.com/archives/606

そして、4回目の今回。たくさんの思いが交差して、今日話題に出したいことをいくつか話す。

・他に用事がないのに、ショーゴくんセッションのみの目的で延泊したり、夜飲みに行ったら(家族に対して)強烈な罪悪感がある。

・最近融資受けたけど、本当の自分でビジネスやった時に結果が出るか。自身がない。お金の不安がある。

・今の生活、何だか疲れる。(1日ぐったりする時や誰にもどこにも行きたくない時が多々ある。)

そんな、「なんか違う」感。モヤモヤした気持ちを持っとって、しんどい。

これらが何らか震源があってつながっとる感じがするんじゃけど、まずは感情の特定をしてもらった。

この感じを受ける「感情の特定」

この感じを受ける時のことを思い出すと、

・人事やコンサルは、社長直属や社長の直依頼。大抵、「人のことは難しくてわかんないから、人のとこ全部任せるわ」

社長の皆さん、就職したことなくサラリーマン経験がなく若く独立した人が多く。「気持ちがわからない」って。

任されて、つい「自分の責務」として仕事に全うするんじゃけど、これまで自分が失敗したなーと思っとるのは、

「社長が人と向き合わんでいいようにしてしまった」こと。

私がやってしまったんじゃけど、そん時の、本当の私の気持ちを感じたら。

「人と向き合えよ。押し付けて逃げんなよ。お前の手足じゃねーんだよ!!」ってめっちゃ怒っとった。今でも。

でも、私はその時、社長に本音を言わんかった。(それは私の悪いくせって自分を責めとる。)

そして、想いは、「私のことをわかってくれてない。」と、あくまで受け身(あー、情けない。)

もう一つは、身近にいる人から私のことを、

「(情熱的寄りじゃなく)冷静で能力ある人」と判断されたような発言に、

「情熱があるけん冷静に考えとるんジャろーが!」ってこれもめっちゃ怒っとるーー。

どうやら、

「自分の本質を見てくれてない」と思うと残念を通り越して失望。

しとる。…この考えがなければ…すなわち、「本質を見てくれている」と感じれたらどうなる?

→安心、ホットする。「生」「存在」への応援されてるみたいで嬉しい。

って、体の内側のお腹から胸のあたりに、気体で軽くてあったかいものが、フワッと出てきた。

そのフワちゃんは、頑張らなくていいって楽しそうで心地よさそげで、素の自分でいられるって喜んどる。

ここでショーゴくん必殺技の「ブロック(が出来た時)の特定」

今世の「3歳」

そう言われて、うーん、考えこんだ。またしてもこれまでカウンセリング受けてきて、初めて3歳が出てきて…なんかあったっけ?

自分に問ったら、意外とフッと湧いてきた。

3歳まで、第一子の一人っこ状態。母と私2人きりで愛情に包まれぬくぬくと育ってきとった。なかなか子どもができんかった(母談)願ってもない第一子。

私自身、お姫様かと感じるような「特別感」を感じとった感覚がある。

しかーし、3歳になり、弟誕生…そして、幼稚園に入ったんじゃった。

隣町まで通うのに、幼稚園バスに毎朝7:30くらいに最初にバスに乗って、少しずつ園児がバスに乗って増えていく。1時間半かけてようやく到着。

そしたら、1クラス20名以上いたかな?それが3クラスあって、大きな幼稚園。

上半身裸とはだしで小学校くらい広い園庭で遊んで、勉強やお茶や音楽の時間は、座ってじっとしとく。

「なんで私が、一番にバス乗って、みんなを乗せて運ぶために長時間我慢せんといけんのん?」

「なんで、雑多の中の一人にならんといけんのん?(村人Aとか絶対いや)」

「なんで、私の気持ちを見てくれんのん?勉強ができるとか、お茶が上手にできるとか、そう言う外側だけしか見てくれんのん?」

「裸、とか嫌じゃしーー涙」

もっと特別で大切に扱われたかった。私の(上手にできるできんとかじゃなくて)大事にしてる「気持ち」をみて欲しかった。

その想いが、ずっとあることに気づいた。

3歳で幼稚園に入ってから続く学生時代をざっと感じてみると、総じて「楽しくなかった」感覚。

一人でゆっくり過ごしたかった。人と比較され、競争の中で、「点数をとること、上手にやること」でしか、自分を認めてもらい、あなたの中の「特別な存在」を獲得する術を知らなかった。

インナーチャイルドワーク

母と離れ、長時間のバス通園は「我慢」。大勢の中での知的教育は、「不安や恐れ」そして「緊張」。が常にあった。

その幼少期の自分に大人の自分が会いに行って、声をかけていくワーク。

「怖かったね、不安だったね、いっぱい我慢してたんだね。」

そして、「私は特別な存在だよ。かけがえのない存在だよ。」

カメハメ波でブロックの開放

そして、そのブロックにカメハメ波でエネルギーごとブロック解放してもらった。不安な感覚に戻れん。不思議ー。

セッション後

セッション後、行動として変化したいけん、「人前で自分の本質を出してみる」「本当の気持ちを出してみる。」からやろうと思う。

極端に「自分の全部を出し切りたい衝動がある」のは何じゃろうね?と話してたら、それは、抑えてる感覚があるからかも。と気づきがあった。

グッと我慢して、不安や恐れの中で、自分の本音や本質を抑え始めた3歳から、早40年。情けないやら、呆れてるやら。

じゃけん「自分らしく生きる」に執着があって、人事や教育をやってるけど、人のことより、まず自分の人生を生きたいもんじゃ。

その余韻そのままに、せっかく関東にきたのだからと、次の日「ゲシュタルト療法」のワークショップに参加したら、このセッションがまた別視点で奥深く…。続く!

今回は写真撮るの忘れて、前回のセッション後